福岡農総試研報16(1997)

小麦の新しい準奨励品種‘ニシホナミ’の福岡県における適応性 

尾形武文・松江勇次・大隈充子1)・松尾 太2)・田中浩平

(農産研究所,1)豊前分場,2)現福岡地域農業改良普及センター)


 福岡県に適する良質多収の小麦中生品種を選定するため,農林水産省九州農業試験場で育成された‘ニシホナミ’の生育,収量,製麺適性等について,福岡県農業総合試験場農産研究所,豊前分場,筑後分場及び本県内の現地 7カ所で検討した。その結果,‘ニシホナミ’は‘農林61号’に比較して次の特性が明らかとなった。
 1 稈長は12〜14cm程度短く,穂数はやや多く,叢性は中で,ふの色は白である。
 2 出穂・成熟期は同程度か 1〜 2日早い中生種である。
 3 稈の挫折重が大きく耐倒伏性は強である。
 4 小麦縞萎縮病抵抗性は強,うどんこ病,赤かび病抵抗性は同程度の中である。穂発芽性は難である。
 5 粒形はやや長く,粒色は褐色で整粒硬質粒が多い。
 6 収量は多収で,特に,圃場の肥沃度が高い圃場において収量性が優れる。
 7 千粒重は軽く,検査等級は同程度である。
 8 製粉特性,製麺適性は優れ,特に粉の白度が高く,うどんの粘弾性が優れる。また,圃場の肥沃度が高い圃場においても同様に製粉特性,製麺適性は優れる。
 以上のように,‘ニシホナミ’は中生小麦品種として小麦縞萎縮病に強く,収量性,耐倒伏性が優れるなどの栽培特性を有し,特に肥沃度の高い圃場条件下において収量性が優れ,製粉特性,製麺適性がともに優れることから,福岡県の一般平坦地〜平坦肥沃地に適することが明らかになった。

[キーワード:小麦,小麦縞萎縮病,奨励品種,製麺適性,耐倒伏性,ニシホナミ]


    Adaptability of the ‘NISHIHONAMI' Newly Recommended Wheat Cultivar in Fukuoka Prefecture. OGATA Takefumi, Yuji MATSUE, Mitsuko OKUMA, Futoshi MATSUO and Kohei TANAKA (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 16: - (1997)
     Adaptability of the ‘NISHIHONAMI' newly recommended wheat cultivar developed at Kyushu National Experiment Station, was tested in 10 locations in Fukuoka Prefecture over 4 years. Compared with the check variety ‘NORIN 61', the main characteristics of ‘NISHUHONAMI' were as follows. (1) Plant type; Tillering of plants with short culm. Hull color was white. (2) Maturing date; 1-2 days earlier. (3) Lodging resistance; Breaking strength of culm was larger and lodging resistance was higher. (4) Disease resistance; The cultivar was strongly resistant to wheat yellow mosaic virus (WYMV) and had the same degree of susceptibility to scab and powdery mildew as the check variety. (5) The viviparity was high. (6) Grain characteristics; The grain shape was longer and 1000 grain weight was lihjter. It had many vitreus grain, which was brown. (7) Noodle-making quality; The wheat flour was clearly whiter. The quality of noodle was better than ‘NORIN 61' sepacially, adhesion value of noodle was superior to that of check variety.

[Key words: lodging resistance, ‘NISHUHONAMI', noodle-making quality, recommended variety, wheat, wheat yellow mosaic virus]


緒  言 

 近年,麦価の低迷,作柄の不安定等により,農家の生産意欲が低下し,小麦の作付け面積の減少と生産量の低下が続いている。このため,小麦作付け面積の確保及び高品質小麦の生産拡大を図るために需要の高い優良品種の作付け推進が重要な課題となっている。
 本県における小麦の主力品種は早生のシロガネコムギ,チクゴイズミ,中生の農林61号である。この 3品種で小麦作付け面積の90%を占めており,特に農林61号は栽培環境条件の変動に対して製粉特性や製麺適性が安定していることから実需者の評価が高い。
 しかし,農林61号は長稈で倒伏しやすいことから作柄が不安定であり,しかも最近,小麦主要産地において土壌伝染性の小麦縞萎縮病が多く発生し,これに抵抗性を持たない農林61号の作付けが困難となっている。このため,耐倒伏性が優れ,小麦縞萎縮病抵抗性を有する製麺適性の優れた中生の多収品種の普及が農家及び実需者から強く望まれている。
 この要望に応えるため,農林水産省九州農業試験場で1995年に育成された小麦品種の‘ニシホナミ’1)について生育,収量,耐倒伏性,製粉特性・製麺適性などの特性を明らかにし,福岡県における適応性を検討した。


試 験 方 法

 1 供試品種
 九州農業試験場で育成された‘ニシホナミ’及び比較品種として‘農林61号’を用いた。

 2 試験実施場所及び試験年度
 農産研究所(筑紫野市吉木),豊前分場(行橋市西泉)及び筑後分場(三瀦郡大木町)において,1991年に奨励品種決定調査の予備調査,1992〜1994年に生産力検定調査を行った。また,1992〜1994年の 3カ年に一般平坦地〜平坦肥沃地である県内 7カ所(第 1表)で現地適応性を検討した。さらに,圃場の肥沃度の違いによる栽培特性を把握するために,農産研究所において1992年と1993年に第 8表に示すような栽培試験を実施した。


 3 耕種概要
 農業総合試験場における栽培法は出芽本数をu当たり 150本とし,条間30cmのドリル播とした。その他の耕種概要は第 1表のとおりである。現地における栽培法は各地の慣行によった。
 試験規模は 1区 9.1〜14.5uで奨励品種決定調査の予備調査は2区制,生産力検定調査は 3区制とした。現地は 2区制とした。栽培試験は,第 8表に示すように,圃場の肥沃度が中及び高程度の 2種類の圃場を設置し,生育,収量性,製麺適性を調査した。

 4 倒伏関連形質
 倒伏関連形質の調査は出穂31日後に葉鞘を付けたN3節間の稈の太さを測定し,葉鞘を付けたN3節間について瀬古5)の方法に準じて強勢茎10本について曲げモーメント,挫折重及び倒伏指数を算出した。

 5 製粉特性及び製麺適性
  農産研究所で生産した奨励品種決定調査ならびに栽培試験の材料を九州製粉懇話会技術研究会に依頼して行った。


結  果

 1.生育及び形態的特性
  ‘ニシホナミ’は‘農林61号’に比較して,出穂・成熟期は同程度か 1〜 2日早かった(第 2, 3表)。稈長は12〜14cm短く(t=13.86***,n=12),ふの色は白で,穂長はやや短く(第 1図,第 2表),穂数は多かった(第 2表)。倒伏程度は明らかに小さかった(t=5.01***,n=12)。叢性は中間型で,株はやや閉じる。
 作柄に大きな影響を及ぼす倒伏関連形質についてみると,N3節間の中央部の稈の太さに差はなく,ほぼ同程度の太さであった。しかし,稈,葉鞘,葉身及び穂を含んだ生体重と稈長を乗じた曲げモーメントは,‘農林61号’が 835gcmに対して,‘ニシホナミ’は 726gcmと小さい値を示した(第3図)。稈の強さを表すN3節間の挫折重は‘ニシホナミ’が829gに対して,‘農林61号’は 549gと‘農林61号’の約 1.5倍の大きな値を示した。その結果,倒伏指数5)は‘農林61号’の 169に対して,‘ニシホナミ’が88と小さい値を示し,耐倒伏性が優れていた。









 2.耐病性
 ‘農林61号’に比較して,うどんこ病,赤かび病は同程度の中で,小麦縞萎縮病の発生は認められなかった(第 2, 3表)。

 3.収量,粒の形態及び外観品質
 ‘ニシホナミ’の‘農林61号’に対する収量比率は,試験場では 106〜 112%と高く(t=2.95*,n=12)(第 2表),現地試験では朝倉町の98%を除き,その他の地域では 102〜 144%と高かった(第 3表)。
 圃場の肥沃度が異なる場合の生育・収量性をみると,‘ニシホナミ’は肥沃度の高い圃場においても倒伏は認められず,肥沃度が中である圃場に比較して穂数が増加して多収となった(第 8表)。
 ‘ニシホナミ’の粒の形態は‘農林61号’に比べて,粒の長さは長く,粒の幅や厚さは同程度であり,長さ/幅比は大きい値を示した(第 4表,第 1図)。
 千粒重は‘農林61号’より 1.4g程度軽かった(第 2, 3表)。粒の色は褐色であるがやや黒みがかった飴色を呈する整粒硬質粒3)が多く発生した(第 5表)。外観品質は‘農林61号’と同程度であった(第 2図)。






 4.製粉特性及び製麺適性
 ‘ニシホナミ’は‘農林61号’に比較して,製粉歩留は高く,粉の灰分は同程度で,粗タンパク質含有率は低かった。色相の値は小さく,アミログラムの最高粘度は高かった(第 6表)。製麺適性は色,外観,食感ともに優れ,特に粘弾性が優れて製麺の合計点は 1.6ポイント優れた(第 7表)。
 また,‘ニシホナミ’は‘農林61号’に比べて,肥沃度の高い圃場においても,製粉特性や製麺適性は優れた(第 8表)。






考  察

 ‘農林61号’は本県の小麦の主要品種の 1つであるが,長稈で倒伏に弱い上に未熟硬質粒が発生しやすく3),小麦縞萎縮病に弱い欠点を持っている。これらの欠点は,県内の主産地で大きな問題となっている。また,他の主要品種である‘シロガネコムギ’は穂発芽性が易2)であり,両品種ともに栽培上,品質上の問題があり,これらに替わる品種が要望されている。
 ‘ニシホナミ’は‘農林61号’に対して成熟期が同程度か 1〜 2日早い中生種で,短稈で耐倒伏性の優れた品種である。‘ニシホナミ’の耐倒伏性が優れる要因は,‘農林61号’に比較して,稈の太さは同程度であるが,挫折重が大きく,短稈であるために曲げモーメントが小さいことによる倒伏指数が小さかったためと考えられる。
 ‘ニシホナミ’の収量性は,ほとんどの試験場所で‘農林61号’に比較して安定して優れていた。これは千粒重がやや小さいものの穂数が確保しやすく,耐倒伏性が優れ,登熟が良好であるためと考えられる。一方,肥沃度の高い圃場においても,倒伏を招くことなく,穂数の増加と千粒重の向上により,収量性が優れたことから,肥沃度が高い条件下で適応性を高く発揮する品種であることが明らかである。
 粒は長さ/幅比の値が大きく,やや細長い粒形で,整粒硬質粒が多く発生し,色は褐色でやや黒みがかった飴色を呈する。この粒色は,デンプン粒子の周囲を硬質粒と密接に関係しているプロテインマトリックス4)が埋め尽くす構造をしているためと考えられる。
 また,本品種は製粉特性・製麺適性にも優れており,色相を示すCV値が小さかったことから,粉の白度が高いことが明らかである。小麦縞萎縮病の抵抗性は育成地のデータ1)と本試験の結果から強と判断され,穂発芽性は育成地のデータ1)と圃場観察から難と推定される。
 以上のように,‘ニシホナミ’は肥沃度が高い条件下で多収性を発揮し,県下の一般平坦地〜平坦肥沃地に適する中生の製麺適性の優れた小麦品種として,1995年に福岡県の準奨励品種に採用された。
 栽培上の留意点としては,播性程度がT〜U1)で茎立ち性がやや早いため,寒害を避けるため極端な早播きは避ける。耐倒伏性は強い品種であるが,極端な多肥栽培は倒伏のおそれがあるため行わない。肥沃度が高い圃場条件下で収量性が優れる品種であるので、肥沃度の低い圃場や少肥での栽培は避ける。うどんこ病と赤かび病の耐病性は不十分なので適期防除を行う。


引 用 文 献

1)九州農業試験場(1995)小麦新品種決定に関する参考成績書 −小麦西海173号−:1−48.
2)松江勇次・佐藤寿子・原田皓二・矢野雅彦・長尾学禧・鐘江 寛(1988)福岡県における小麦の新奨励品種‘シロガネコムギ’.福岡農総試研報A-7:35- 38.
3)尾形武文・川村富輝・原田皓二(1993)小麦硬質粒の発生実態.九農研55:16.
4)尾形武文・住吉 強(1994)小麦硬質粒の胚乳微細構造の観察.日作九支報60:38−39.5)瀬古秀生(1962)水稲の倒伏に関する研究.九州農業試験場彙報7(4):    419-499.