福岡農総試研報15(1996)


水稲の新しい準奨励品種‘ほほえみ’の福岡県における適応性


松江勇次*.尾形武文*.大隈充子**.松尾太***.住吉強***


(*農産研究所・**豊前分場・***筑後分場)


 福岡県に適応する早生の良食味品種を選定するため,宮崎県総合農業試験場で育成された‘ほほえみ’の生育,収量性,外観品質,食味などの諸特性について福岡県農業総合試験場農産研究所,豊前分場,筑後分場,福岡県内の現地15カ所において検討した。出穂・成熟期は日本晴に比べてやや早いが,感光性が小さいため,気温の高低による生育ステージの変動が大きく,出穂・成熟期の年次間,産地間の変動が日本晴に比べて大きかった。収量性は日本晴に比べてやや劣るものの,年次間の変動が小さく,安定していた。また,地域別の収量性は山間地で優れ,一般平坦地では劣った。食味は一般平坦地から山間地を含めてコシヒカリに匹敵し,極めて優れるとともに,食味と理化学的特性は年次間や産地間差が小さく,安定していた。穂発芽性は難で,日本晴に比べて優れ,いもち病圃場抵抗性は日本晴並の中であった。また,日本晴に比べて稈長,穂長はやや短く,穂数はやや多い中稈偏穂数型の草型であった。耐倒伏性は日本晴に比べて優れ,やや強で,外観品質は日本晴並であった。以上の結果から,本品種は山ろく地から山間地に早生の極良食味品種として,適している。


[キーワード:水稲,早生良食味品種,ほほえみ,奨励品種]


     Adaptability of the 'HOHOEMI' Newly Recommended Early-maturing Rice Cultivar in Fukuoka Prefecture. MATSUE Yuji, Takefumi OGATA, Mitsuko OKUMA, Futoshi MATSUO and Tsuyoshi SUMIYOSHI (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: 11-14(1996)
     Adapatability of the 'HOHOEMI' newly recommended early-maturing rice cultivar developed at Miyazaki Agricultural Research Center was tested in 18 locations in Fukuoka Prefecture over 4 years. The plant was of the partial panicle number type, and was intermediately culmed. The maturation date came 1-4 days earlier than that of 'NIPPONBARE', and variations in heading and maturing dates were great. 'HOHOEMI' was resistant to lodging and pre-harvest sprouting. Field resistance to blast was moderate. The yield was lower than that of 'NIPPONBARE', yet higher than that of 'MINEASAHI'. The palatability was similar to that of 'KOSHIHIKARI'. Judging by the variance, coefficient of variation and the mean values, 'HOHOEMI' was determined to be a cultivar with high and consistent palatability and physicochemical properties. Therefore, it was concluded that 'HOHOEMI' was to be released in 1995 and recommended for the mountainous areas of Fukuoka Prefecture.


[Key words: early-maturing, highly palatability, 'HOHOEMI', new recommended variety, rice]


緒  言


 1994年現在,福岡県における水稲の主食用品種の早晩性別の構成比率は極早生種が33%,早生種が12%,中生・晩生種が55%となっており,早生種に良食味品種がないために早生種の比率が極端に低下している。このため,適期作業,気象災害や病虫害の危険および経営規模の拡大や共乾施設の効率的利用を図るうえから間題となっている。よって,早晩性のバランスのとれた品種構成を早急に図る必要がある。
 福岡県では早生種として‘日本晴’があるが,近年,消費者の食味に対する嗜好は高レベルとなっているため,現在の‘日本晴’の食味レベルでは不十分である。
 こうした背景のもとで,‘日本晴’並の収量性をもち,しかもコシヒカリ並の良食味の早生品種が生産者および実需者から強く要望されている。
 そこで,これらの要望に応えるために,新たに富崎県総合農業試験場で育成された‘ほほえみ’3)について,生育,収量性,耐病性,外観品質,食味などの諸特性から本県における適応性を検討した。

試 験 方 法

 1 供試品種
 ‘ほほえみ’の他に比較品種として‘日本晴’,‘ミネアサヒ’を用いた。
 2 試験実施場所および試験年度
 農産研究所(筑紫野市吉木)において,1991年に奨励品種決定予備試験および1992年〜1994年には生産力検定試験を行い,豊前分場(行橋市西泉),筑後分場(三瀦郡大木町)においては1992年〜1994年に生産力検定試験を行った。また,福岡県内で現地試験を1992年が6カ所,1993年が9カ所,1994年が8カ所で実施した。
 3 耕種概要
 農産研究所と筑後分場では苗は稚苗を用いて機械移植した。豊前分場では中苗を用いて手植とした。移植時期は農産研究所では6月15〜17日,豊前分場では6月15日,筑後分場では6月21〜22日であった。栽植密度は農産研究所,豊前分場では株間15cm,条間30cm,筑後分場では株間17cm,条間30cmとした。施肥量(基肥十第1回穂肥十第2回穂肥)は,10a当たり窒素成分kgで標肥は6+2+1.5,多肥は7+2.5+1.5とした。試験規模は予備試験(農産研究所のみ)は1区10uの2反復,生産力検定試験は農産研究所,豊前分場では10u,筑後分場では22uで各々3反復とした。現地試験は各現地における慣行栽培法で実施した。
 4 いもち病の検定,外観品質および穂発芽性
 葉いもちは畑晩播で検定し,発病程度は1994年に圃場での達観調査により0(無発病)〜10(全茎葉枯死)の11段階評価で調査した。穂いもちは圃場で達観調査により0(無)〜5(甚)の6段階で行った。外観品質は観察により1(上ノ上)〜9(下ノ下)の9段階で評価した。穂発芽は1994年に穂発芽検定器(小澤製作所製OH一40改型)を用いて28℃,湿度100%の条件下で成熟期に採取した穂を置床し,6日後に穂発芽程度を調査した。なお,穂発芽程度は穂発芽粒率を達観で調査し,0(0%),1(〜5%),2(〜10%),3(〜25%),4(〜50%),5(〜70%),6(70%以上)の7段階で評価した。
 5 食味および理化学的特性
 試料の精米は試験用小型精米機(サタケ式ツーインワンパス)で行った。食味官能試験による食味総合評価(以後,食味と称す)は農産研究所のコシヒカリを基準にして(但し,豊前分場は同場産コシヒカリ),1回の供試点数が10,パネル構成員が16〜18名で行った。精米中のタンパク質含有率はケルダール法により定量した全窒素にタンパク質係数5.95を乗じて求めた。アミロース含有率はテクニコン社製のオートアナライザーU型を使用して測定した。アミログラム特性値はブラベンダービスコグラフE型で測定した。


結  果

 1 生育および形態的特性
 ‘ほほえみ’は‘日本晴’に比べて稈長はやや短く,穂長もやや短く,穂数はやや多く,草型は中稈偏穂数型であった(第1表)。また,圃場立毛の観察結果では,草姿は良好で,稀に短亡竺を有し,ふ先色,穎色は黄白,粒着密度は中であった。脱粒性は難で,成熟期の熟色はやや赤味(あかね色)を呈した。
 出穂期および成熟期は‘日本晴’に比べてやや早い早生種であった(第1表)。しかし,年次別にみると気象台観測史上記録的な低温・寡照条件下であった1993年では出穂期は‘日本晴’と同程度となり,成熟期は‘日本晴’に比べて1日遅くなった(第2表)。一方,高温・多照条件下であった1994年では,出穂期および成熟期は逆に‘日本晴’に比べて各々7日,10日早くなり,‘ミネアサヒ’と同程度となった。同様に現地試験においても‘ほほえみ’の成熟期は,年次間や産地間の変動が大きかった(第3表)。

 第1表 ‘ほほえみ’の育成,収量及び品質

 1) 農産研究所は1991〜1994の4カ年,豊前分場は1992〜1994の3カ年,筑後分場は1992〜1994の2カ年の平均値で示す。
 2) 障害の多少は0(無)〜5(甚)で示す。
 3) 外観品質は1(上ノ上)〜9(下ノ下),検査等級は1(1等ノ上)〜9(3等ノ下)で示す。 

 第2表 異常気象年における‘ほほえみ’の出穂期と成熟期

 1) 農産研究所
 2) 1993年は福岡管区気象台,観測史上記録的な低温寡照年,1994年は観測史上記録的な高温多照年。

 第3表 現地試験における‘ほほえみ’の生育,収量及び品質

 1) 符号の+(プラス)はほほえみ’が対照品種に比べ,遅い,強い,優れることを表す。−(マイナス)はその逆を示す。
 2) 玄米重は対照品種に対する比率で示す。
 3) 立花町,小郡市,瀬高町,大川市は1992年,矢部村,二丈町,嘉穂町,勝山町は1993年,若宮町,星野村,久留米市は1994年,甘木市は1992〜1993年,
   吉井町は1992年と1994年,豊前市,赤村,北九州市,粕屋町は1993年〜1994年の平均値で示す。

 2 耐倒伏性,耐病性および穂発芽性
 耐倒伏性は‘日本晴’より優れ,やや強であった(第1,3表)。穂発芽性は‘日本晴’,‘ミネアサヒ’に比べて優れ,コシヒカリ並の難であった(第4表)。いもち病抵抗性遺伝子型は「pi-i,pi‐a」をもつとされており3),葉いもち圃場抵抗性に対しては,‘日本晴’並の中であり(第4表),穂いもち圃場抵抗性も‘日本晴’並の中であった(第1,3表)。

 第4表 ‘ほほえみ’の穂発芽性と葉いもち圃場抵抗性

 1) 穂発芽性の判定は○(難),△(中),×(易)で示す。
 2) 葉いもち圃場抵抗性の判定は△(中),×(やや弱)で示す。
 3) 調査年は1994年。

 3 収量性および品質
 収量性は標準栽培では‘日本晴’に比べてやや劣り,‘ミネアサヒ’に比べてやや優れる程度であった(第1,3表)が,多肥栽培でも倒伏を招くことなく‘日本晴’と同程度であった(第5表)。また,‘ほほえみ’の地域別の収量性は山間地では‘日本晴’に比べて優れたが,一般平坦地では劣った。さらに,1993年,1994年の異常気象年における収量性をみると,作柄が著しく不良であった1993年における‘ほほえみ’の‘日本晴’に対する収量比率は,1994年に比べて豊前分場,北九州市を除いたいずれの試験地においても高かった(第6表)。
 玄米の形状(長短)は中,やや小粒で,腹白,心白の発生は少なく,光沢はやや大であった(データ略)。千粒重は‘日本晴’より軽く,‘ミネアサヒ’よりやや重かった(第1表)。外観品質,検査等級は‘日本晴’並であった(第1,3表)。

 第5表 多肥栽培における‘ほほえみ’の倒伏程度,収量及び品質

 1) 農産研究所、1992年〜1994年の3カ年の平均値で示す。
 2) 倒伏,外観品質,検査等級の表示は第1表に同じ。

 第6表 異常気象年における‘ほほえみ’の日本晴に対する収量比率

 1) 1993年と1994年の気象条件は第3表に同じ。


 4 食味および理化挙的特性
 食味は山間地から一般平坦地を含めて‘日本晴’より明らかに優れ,コシヒカリと同程度の極良食味であった(第1図)。炊飯米は光沢が優れ,粘りがあった(データ略)。特に,一般的に海岸平野の米の食味は劣るといわれているが,海岸平野である北九州市,二丈町における‘ほほえみ’の食味は極めて優れていた。さらに,異常気象によって食味が劣った1993年産2〉における‘ほほえみ’の食味と理化学的特性をみると,‘ほほえみ’の食味はコシヒカリと同程度で,‘日本晴’,黄金晴’より優れていた(第7表)。また,食味の分散も食味の安定した品種である‘日本晴’1)と同程度であった。精米中のタンパク質およびアミロース含有率は低く,最高粘度は高く,ブレークダウンは大きく,これらの変動係数も小さく,‘ほほえみ’の理化学的特性は産地間差が小さく,安定していた。


 第1図 ‘ほほえみ’食味総合評価
  1) 基準米は農産研究所コシヒカリ,ただし豊前分場のみ同場産コシヒカリ。
  2) ■:ほほえみ,□:日本晴
  3) 図中の数字は1:農産研究所,2:豊前分場,3:筑後分場,4:星野村,5:豊前市,6:赤村,7:北九州市,8:二丈町,9:甘木市,10:吉井町,11:嘉穂町,
    12:若宮町,13:粕屋町,14:勝山町,15:久留米市。
  4) *印は信頼水準95%で有意差あり。
  5) 試験実施年は表2に同じ。

 
第7表 1993年の低温・寡照年における‘ほほえみ’の食味総合評価及び理化学的特性

 1) 食味総合評価は農産研究所産コシヒカリを基準米として行い,平均値(分散),その他は平均値(変動係数%)で表した。
 2) 数値は県内11カ所の平均値。


考  察

 ‘ほほえみ’の出穂期,成熟期は年次間や産地間の変動が大きかった。このことは本品種が感光性が小さい3)ため気温の高低による生育ステージの変動が大きいことを示している。この‘ほほえみ’の出穂期特性は,良質米を安定栽培する上で,留意すべき重要な点である。また,‘ほほえみ’のいもち病圃場抵抗性は‘日本晴’と同程度で,白葉枯病圃場抵抗性は特性検定試験より‘日本晴’並の中とされている3)。
 ‘ほほえみ’の収量性は,標肥栽培では‘日本晴’に比べてやや劣り,‘ミネアサヒ’に比べてやや優れたが,多肥栽培では‘日本晴’と同程度となり,さらに,作柄が著しく不良であった1993年では‘日本晴’より優れた。これらの結果は,‘ほほえみ’が‘日本晴’より多肥条件で収量性を高めることが可能であるとともに,低温寡照という不良環境柔件下でも収量の低下が小さく,収量が安定した品種であることを示唆している。
 食味が劣った1993年産米における‘ほほえみ’の食味はコシヒカリと同程度で,しかも食味の分散は‘日本晴’と同程度で,’黄金晴’に比べて小さく,理化学的特性値の変動係数も小さかった。このことより,‘ほほえみ’は環境変動に対して食味と理化学的特性が極めて安定している極良食味品種であることがうかがえる。
 以上のことから,‘ほほえみ’は‘日本晴’に比べてやや低収であるが,早生でコシヒカリと同程度の極良食味で環境変動に対して食味が極めて安定して優れる。また,収量性が山間地で優れ,穂発芽性が難であるとともに穂いもち圃場抵抗性は中で弱くないことから,1995年に本県の早生の極良食味品種として新たに準奨励品種に採用された。主に‘日本晴’の食味,‘ミネアサヒ’の収量性の欠点を補った品種として,山ろく地〜山間地を中心とした地域に適すると考えられる。
 ‘ほほえみ’の特性を考慮した栽培法としては,次の2点に留意する必要がある。@感光性が小さいため,気温の高低による出穂・成熟期の年次間,地域間の変動が‘日本晴’より大きい特徴がある。このため,早植や生育期間中の気温が高温で経過した場合は‘日本晴’より早く,‘ミネアサヒ’に近くなり,逆に晩植や生育期間中の気温が低温で経過した場合では‘日本晴’より遅くなることもあるので,幼穂長や積算気温の調査を行って適切な肥培管理や適期収穫に努める。A耐倒伏性は‘日本晴’に比べてやや強であるが,良食味維持のため極端な多肥栽培は避ける。

引 用 文 献

1)松江勇次・原田皓二・吉田智彦(1992)北部九州産米の食味に関する研究.第4報品種および産地での食味の安定性.日作紀61:545−550.
2)−−−−−(1995)北部九州産米の食味に関する研究.第5報1993年の低温,寡照条件下における米の食味と理化学的特性.日作紀64:709−713.
3)宮崎県総合農業試験場(1995)水稲新品種決定に関する参考成績書−南海121号−:1−60.