福岡農総試研報15(1996)
食味評価が‘日本晴’以上の水稲品種,系統間における食味官能試験の精度を解析した。パネル員を反復とみなして食味評価を分散分析によって解析した結果,総合評価と粘りは16回行ったすべての試験において5%水準で品種間に有意な差が認められた。一方,硬さは16回のうち6回は品種問に有意な差が認められず,他の項目ほど品種間差を明確に識別できなかった。
28名のパネル員のうち,食味評価の品種間差を識別する能力があると判定されたパネル員は19名で,全体の約80%であった。‘コシヒカリ’と‘日本晴’との総合評価の差が大きかったパネル員は食味評価の識別能力が高い傾向を示した。また,嗜好性が全体と一致したパネル員は食味評価の識別能力も高かった。
以上の結果から,食味レベルが高い材料間においても,あらかじめパネル員の食味評価の識別能力を判定して,識別能力が高いパネル員を確保することにより,硬さを除いた食味官能試験の精度を高めることができるものと考えられる。
[キーワード:官能試験,嗜好性,食味,水稲,分散分析]
The Reliability of Sensory Testing for Highly Palatable Cultivars of
Rice. OOSATO F. Kumi, Yoshiteru KAWAMURA and Yuji HAMACHI (Fukuoka Agricultural
Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res.
Cent. 15: - (1996)
Sensory testing for highly palatable cultivars of rice was evaluated
statistically using analysis of variance. Cultivar differences in overall
eating quality and stickiness were significant in all of the 16 sensory
tests. Significant differences in hardness were found among cultivars in
six sensory tests out of the 16, showing the difficulty of evaluating hardness.
The taste preferences of the panel members who had high reliability generally
coincided with the mean value of the panel members as a whole. About 80%
of the panel members were able to discriminate the cultivar differences
in the overall eating quality. It was concluded that reliable sensory testing
for highly palatable cultivars was possible except for hardness.
[Key words: analysis of variance, palatability, rice, sensory test, taste preference]
緒言
近年,米の食味に対する評価がより厳しくなる中で,水稲品種の食味レベルは全般的に向上し,‘コシヒカリ’と同等かそれに近い良食味品種が求められている。したがって,今後良食味品種を効率良く育成するためには,食味レベルが高い材料間で行われる食味官能試験の精度を高めることが必要である。
一般に食味官能試験は食料庁の食味試験実施要領6)により実施され,その精度について検討した報告はある3,4)。しかしこれらの報告では,基準品種は‘コシヒカリ’より食味評価が低い‘日本晴’3)や‘レイホウ’4)で,検定材料は‘日本晴’より食味評価が低い品種も多く合まれており,食味レベルが‘コシヒカリ’と同等かそれに近い材料間で食味官能試験の精度について検討した報告はみあたらない。
そこで,本報告では現在の水稲育種における官能試験による食味評価の精度をより向上させる目的で,食味レベルが高い材料間における食味評価項目別の識別性,各パネル員の識別能力や嗜好性について検討した。
試験方法
供試材料は水稲育種における生産力検定試験に供試した育成系統と比較品種の‘コシヒカリ’,‘夢つくし’1),‘ミネアサヒ’,‘日本晴’,‘黄金晴’および‘ヒノヒカリ’の6品種で,1993年に福岡県農業総合試験場の砂壌土水田において栽培した材料を用いた。
食味官能試験は1993年11〜12月に16回実施した。材料は刈り取り後ガラス室内で天日乾燥して玄米水分を13.5〜15.0%に調製した。搗精はサタケ式ツーインワンパス搗精機を用い,歩留りを90〜91%とした。
炊飯方法は食料庁の食味試験実施要領に準じ,米600gを十分水洗した後,水825mlを加えて30分間浸漬し,その後すみやかに吸水量を計り,750mIになるように給水補正して電気釜(1.8L)で炊き,炊きあげ後20分間蒸らした。
食味官能試験の基準品種は試験材料とは別に収穫した‘コシヒカリ’を用いた。食味試験1回ごとに,基準米を合めて6〜10点の材料を同時に,炊飯米の総合評価,外観,味,粘りおよび硬さの5項目について評価した。基準品種と比較して,総合評価,外観および味は−3(かなり不長)〜+3(かなり良),粘りは−3(かなり弱い)〜+3(かなり強い),硬さは−3(かなり柔らかい)〜+3(かなり硬い)の7段階で評価した。
パネル員は試験場に勤務する人の中から選定し,男性18名,女性10名,年齢別では50才代が6名,40才代が8名,30才代が10名,20才代が4名の合計28名である。試験日によってパネル員の構成は異なった。
1 食味評価項目別の識別性
16回の食味官能試験デ−タの処理は,パネル員を反復として,各食味評価項日別に分散分析を行った。各試験ごとに品種間差を検定した。
2 パネル員別の識別能カ
28名のパネル員は比較品種のうち3品種以上,しかも1品種について4回以上の食味試験を行った。この比較品種の食味評価について,パネル員別に品種を要因として分散分析を行い,各パネル負が判定した品種間差を検定した。これより得られた分散分析のF値を各パネル員の識別能力を表す指標とした。なお,各パネル員が供試した品種は,‘コシヒカリ’と‘日本晴’の2品種以外は必ずしも一致していなかった。
3 パネル員別の嗜好性
比較品種の6品種について4回以上食味官能試験を行った20名のパネル員(男性16名,女性4名)別に,総合評価における各パネル員の値と全パネル員の平均値との相関係数を求めた。この相関係数を各パネル員の嗜好性を表す指標とした。この値が1に近いほどそのパネル員の嗜好性は全体の傾向に近く,0に近ければ全体の傾向と異なることを示している。
結果および考察
1 食味評価項目別の識別性
第1表に,16回の食味官能試験において5%水準で品種間差が認められた試験回数を食味評価項日別に示した。
食味評価項目別の識別性をみると,総合評価と粘りは16回の食味官能試験においてすべて品種間差が認められた。外観と味では,それぞれ2回を除いた14回の試験で品種間差が認められた。一方,硬さは6回の食味官能試験において品種間差が認められず,他の項目ほど識別が明確でなかった。このように硬さの識別が他の項目ほど明確でないことは志村ら4),松江3)の報告と一致した。総合評価における5%水準の品種間の最小有意差は0.43であり,松江3)の報告の0.52より小さかった。
したがって,食味レベルが高い育成材料間で行われている食味官能試験は有効であり,硬さを除いて高い精度で識別できると考えられる。
第1表 16回の食味官能試験において品種間差1)が認められた試験回数2)
1)5%水準で有意。
2)パネル員を反復として,各食味評価項目別に分散分析を行った。
2 パネル員別の識別能カ
第2表に,供試した6品種の食味評価の平均値を示した。供試品種の総合評価はすべて‘日本晴’以上であり,食味レベルが高かった。各項目ごとに品種間のレンジをみると,総合評価は0.89,外観は0.45,味は0.84,粘りは0.81,硬さは0.51であり,外観と硬さの2項目は品種間のレンジが小さく,他の項目と比較して評価の幅が小さかった。
第3表に品種を要因とした分散分析からパネル員ごとにF値(識別能力)を求め,そのF値の有意水準別のパネル員数を示した。総合評価でみると,1%水準のF値を示したパネル員は28名のうち11名,5%水準および10%水準ではそれぞれ15名,19名であった。10%水準のF値より大きな値を示したパネル員が全体に占める比率は,項目別には総合>粘り>外観,味>硬さの順で,総合評価が最も高く,逆に硬さは最も低かった。
松江3)は5%水準のF値より大きな値を示したパネル員を総合評価に識別能力があると判定し,これらのパネル員が全体に占める比率は約70%であったと報告している。しかし,この報告では‘日本晴’より食味が劣る品種を含んでおり,総合評価における品種間のレンジは1.69と,本試験の0.89より大きかった。このように本試験の総合評価における品種間のレンジが狭いという点を考慮して,10%水準のF値より大きな値を示したパネル員を食味評価の識別能力があると判定すると,総合評価における識別能力があるパネル員が全体に占める比率は約80%であった。
したがって,本試験のような食味レベルが高い材料間における食味官能試験の場合でも,識別能力があるパネル員は十分に確保されているものと考えられる。
第1図に‘コシヒカリ’と‘日本晴’における総合評価の平均値の差と,分散分析から求めた総合評価のF値の有意性との関係を示した。各パネル員の‘コシヒカリ’と‘日本晴’における総合評価の平均値の差は,最高値が1.68,最低値は0であった。‘コシヒカリ’と‘日本晴’における総合評価の差が大きかったパネル負はF値が大きく,総合評価の識別能力が高い傾向にあった。このことから,‘コシヒカリ’と‘日本晴’における総合評価の差はパネル員の総合評価の識別能力を表す簡易な指標として利用できるものと考えられる。
第2表 6品種における食味評価の平均値1)
1)食味評価は試験材料とは別に収穫した‘コシヒカリ’を基準(0)とした。
第3表 食味評価におけるF値1)の有意水準別パネル員数
1)品種を要因とした分散分析からパネル員別にF値(識別能力)を求めた。
第1図 各パネル員別の’コシヒカリ’と’日本晴’における総合評価の平均値の差とF値1)の有意水準との関係
3パネル員別の嗜好性
各パネル員別の総合評価における嗜好性(パネル員全体の平均値と各パネル員の値との相関係数)と,識別能力(分散分析から求めた総合評価のF値)との関係を第2図に示した。各パネル員の嗜好性とした相関係数の最高値は0.98,最低値は0.44であった。パネル員20名のうち18名(全体の90%)は相関係数が1%水準で有意であり,ほとんどのパネル員の嗜好性は全体の傾向と一致した。さらに相関係数が0.8以上であったパネル員のF値はすべて5%水準で有意であった。このように,嗜好性が全体の傾向と一致したパネル員は総合評価の識別能力も高いことを示したことは松江3)の報告と一致した。
一方,嗜好性が全体の傾向と離れ,しかも食味評価の識別能力が高いパネル員は認められなかった。このことは,パネル員の訓練によって食味評価の識別能カを高める必要性がある5)とともに,現在行われている食味官能試験のパネル員では‘コシヒカリ’と異なるタイプの良食味品種については評価できにくいことを示すものである。
井辺2)や横尾7)は,米の嗜好性や利用方法は多岐にわたっているので,‘コシヒカリ’のように粘りが強い良食味品種のみを育種目標にするのでなく,多様な味の品種育成の必要性を指摘している。したがって,多様な味の品種育成における食味官能試験については,基準品種の選定,食味評価項目の重みづけなどの評価法を再検討することが必要であると考えられる。
以上の結果から,食味レベルが高い材料間においても,あらかじめパネル員の食味評価の識別能力を判定して,識別能力が高いパネル員を確保することにより,硬さを除いた食味官能試験の精度を高めることができるものと考えられる。
第2図 各パネル員別の総合評価における嗜好性1)と識別能力2)との関係
1)嗜好性は、総合評価におけるパネル員全体の平均値と各パネル員の値との相関関数で示す。
2)識別能力は、分散分析から求めた総合評価のF値で示す。
3)縦の実践と破線は、それぞれ1%、5%水準におけるF値を示す。横の実線は1%水準における相関係数を示す。
引用文献
1)今林惣一郎・浜地勇次・古野久美・西山壽・松江勇次・吉野稔・吉田智彦(1995)水稲新品種‘夢つくし’の育成.福岡農総試研報14:1−10.
2)井辺時雄(1991)良食味品種の育成と今後の方向.農業及び園芸63:575−581.
3)松江勇次(1992)少数パネル,多数試料による米飯の官能検査.日本家政学会誌43:1027−1032.
4)志村英二・岡田正憲・西山壽・本村弘美・和佐野喜久生・鈴木守(1965)九州地域水稲品種の食味評価に関する研究.1.パネル選定と新旧晶種の食味評価.九農試報17:251−261.
5)白石真貴夫・大友孝憲・斉藤清男(1995)炊飯米の食味官能試験における総合評価に影響を及ぼす要因の統計学的解析.日作九支報61:32−35.
6)食糧庁(1968)米の食味試験実施要領.食糧庁1−27.
7)横尾政雄(1988)うまい米指向と食の多様化に対応する米.農業技術43:25−28.