福岡農試研報15(1996)

畑地における有機物の長期連用効果
第1報 作物収量と土壌化学性

黒柳直彦・兼子 明・渡辺敏朗・藤田 彰・小田原孝治
(生産環境研究所)

 地力の低い砂壌土の畑地におけるおがくず入り牛ふん堆肥の長期連用が,作物収量と土壌の化学性に及ぼす影響を調査した結果,次の知見を得た。
1 おがくず入り牛ふん堆肥を連年施用すると,大豆及び小麦の収量は化学肥料単用に比べて増加したが,品質は差がなかった。増収効果は夏・冬作毎に1t/10a施用す るよりも2t/10a施用する方が高かった。
2 おがくず入り牛ふん堆肥を連年施用すると,土壌中の全炭素,全窒素,交換性カリ,可給態リン酸含量及び陽イオン交換容量が増加した。その増加程度は夏・冬作毎に
 1t/10a施用するよりも2t/10a施用する方が大きかったが,全炭素含量1%以下の土壌では12年間の連年施用によっても改善目標値(1.7%)に到達しなかった。
3 夏・冬作毎に深さ30cmの深耕を行い,おがくず入り牛ふん堆肥を2t/10a連年施用すると,大豆及び小麦の根群域が拡大し,安定した収量が得られた。

[キーワード:おがくず入り牛ふん堆肥,有機物,土壌の化学性,深耕]

     Effect of Long-term Application of Organic Matters on Upland Field. T. Yields of Upland Crops and Chemical Properties of Soil. KUROYANAGI Naohiko, Akira KANEKO, Toshiro WATANABE, Akira FUJITA, and Koji ODAHARA. (Fukuoka Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent. 15: 64-68 (1996)
     We examined the effect of long-term applicationof sawdust-cattle manure on crop yields and the chemical properties of a sterile upland sandy loam. The results were as follows:  (1)  Yields of wheat and soybeans were increased by long-term application of the manure. The yields of wheat and soybeans after semiannual applications (summer and winter) of the manure at 2t/10a were higher than at semiannual applications of 1t/10a.  (2)  Total carbon, total nitrogen, exchangeable potassium, available phosphoric acid content and cation exchange capacity in the soil were increased by long-term application of the manure. The degree of increase by semiannual applications of the manure at 2t/10a was higher than semiannual applications of 1t/10a. When the total carbon content of the soil was less than 1%, it could not be raised to the target value of 1.7%, even after 12 years of application of the manure. Exchangeable calcium content was maintained by semiannual applications of the manure at 2t/10a.  (3)  Yields of wheat and soybeans were stabilized by deep tillage (depth 30cm) and semiannual applications of the manure at 2t/10a since this increased root area.

[keywords: chemical properties of soil, deep tillage, organic matter, sawdust-cattle manure]


緒  言

 農耕地の地力を維持・増進させるために,一般的に有機物の施用が行われており,有機物の施用効果についての報告3,4,5,6,7)は多い。地カは土壌の種類や気象条件,土地利用形態,投入資材などの様々な要因から影響を受け,その様相は複雑であり,地域ごとに有機物の施用効果は異なる。
 そこで,地力の低い砂壌土の畑地に対する有機物の長期連用効果を明らかにするため,福岡県農業総合試験場内ほ場において,おがくず入り牛ふん堆肥の連年施用による大豆及び小麦の収量と土壌化学性の経年変化を調査し,若干の知見を得たので報告する。


試 験 方 法

 1 土壌条件
 試験場所は福岡県農業総合試験場の畑ほ場(花こう岩質黄色土の上に厚さ30cmの畑地土壌を客入した中粗粒黄色土造成相)で,土壌条件は下層土に礫層が存在する,せき薄な砂壌土である。試験開始前の供試土壌の化学性は第1表に示したように,全窒素含量及び全炭素含量はそれぞれ0.08%,1.00%と低く,陽イオン交換容量は乾土100g当たり8.7meと小さい。


 2 試険区の構成
 第2表に試験区の構成を示した。試験区は無窒素区及び化学肥料区,牛ふん1t区,牛ふん2t区,総合改善区の5水準とし,試験区の規模は1区20m2で2反復とした。無窒素区及び化学肥料区は有機物の施用は行わず,化学肥料のみを標準施用し,無窒素区は窒素を無施用とした。牛ふん1t区及び牛ふん2t区,総合改善区は有機物としておがくず入り牛ふん堆肥を施用し,化学肥料を標準量施用した。おがくず入り牛ふん堆肥の施用時期は夏作・冬作作付前の年2回とし,牛ふん1t区はそれぞれ1t/10a(年間施用量2t/10a),牛ふん2t区及び総合改善区はそれぞれ2t/10a(年間施用量4t/10a)を施用した。総合改善区では年2同のおがくず入り牛ふん堆肥施用前に深さ30cmの深耕を行った。

 3 供試作物及び施肥量
 第3表に年度毎の供試作物の種類及び施肥量を示した。供試作物は主として夏作では大豆,冬作では小麦としたが,1985及び1988年夏作にはカンショ,1985年冬作にはバレイショ,1984及び1987年冬作には大麦を栽培した。1983年大豆作から1995年小麦作まで,計24作の栽培を行った。
 化学肥料は硫安,ようりん,硫酸加里を使用した。投入したおがくず入り牛ふん堆肥の現物当たり成分量は,平均値でT−N0.50%,P2O5 0.47%,K2O 0.92%,水分74%であった。総合改善区の深耕は堆肥施用の直前〜23日前に行い(1988年夏作カンショでは行わず,1989年の小麦では堆肥施用後に行った),おがくず入り牛ふん堆肥を施用(1983年及び1984年の大豆作では無施用)した後,基肥を施用し,耕耘後,播種もしくは定植を行った。栽培管理,施肥量は福岡県栽培基準に従った。  窒素の施肥効果が小さい大豆では1987年以降,すべての区で窒素肥料は施用していない。このため,無窒素区と化学肥料区は夏作の処理内容が全く同一となった(冬作の小麦では無窒素区以外は窒素肥料を施用している)。


結  果

 1 処理間の収量差
 第1図及び第2図にそれぞれ夏作及び冬作収量の経年変化を示し,第3図及び第4図にそれぞれ化学肥料区の値を100とする収量指数の経年変化を示した。
 夏作の大豆収量については,試験開始5年後の1987年から,おがくず入り牛ふん堆肥を施用した牛ふん1t区及び牛ふん2t区,総合改善区が化学肥料区に比べ収量がやや高くなる傾向を示した。しかし,記録的な多雨・寡照となった1993年では,化学肥料区及び牛ふん1t区,牛ふん2t区はほぼ同収量となり,総合改善区は他区に比べ劣った。試験開始から10作の栽培を行った大豆の10a当たり収量の積算値は,無窒素区2,354kg,化学肥料区2,377kg,牛ふん1t区2,430kg,牛ふん2t区2,553kg,総合改善区2,522kgであった。これを化学肥料区の値を100とする指数で示すと,無窒素区99,牛ふん1t区102,牛ふん2t区107,総合改善区106となり,化学肥料区に比べて無窒素区及び牛ふん1t区はほぼ同収量となり,牛ふん2t区及び総合改善区で高かった。
 冬作の小麦収量についても試験開始5年後の1987年から牛ふん2t区及び総合改善区が化学肥料区に比べて高くなる傾向を示した。試験開始から9作の栽培を行った小麦の10a当たり収量の積算値は無窒素区1,149kg,化学肥料区3,773kg,牛ふん1t区3,842kg,牛ふん2t区4,103kg,総合改善区4,326kgであった。この収量を化学肥料区の値を100とする指数で示すと,無窒素区30,牛ふん1t区102,牛ふん2t区109,総合改善区115となり,化学肥料区に比べて無窒素区は極端に劣り,牛ふん1t区はほぼ同程度,牛ふん2t区及び総合改善区で高くなった。品質については大豆及び小麦ともに各年次間及び各処理間の差は小さかった。




 2 土壌化学性の変化
 第5図に夏作跡地作土の全炭素含量の経年変化を示した。全炭素含量はおがくず入り牛ふん堆肥を施用した区で漸増の傾向を示した。試験開始前の作土の全炭素含量を100として1994年の値を指数で表すと無窒素区75,化学肥料区105,牛ふん1t区130,牛ふん2t区140,総合改善区112であった。
 第6図に夏作跡地作土の全窒素含量の経年変化を示した。全窒素含量も全炭素含量と同様の傾向であったが,牛ふん1t区と総合改善区では差が小さかった。試験開始前の作土の全窒素含量を100として1994年の値を指数で表すと無窒素区75,化学肥料区88,牛ふん1t区100,牛ふん2t区138,総合改善区113であった。
 第7図に夏作跡地作士の陽イオン交換容量の経年変化を示した。陽イオン交換容量は牛ふん1t区,牛ふん2t区及び総合改善区では増加傾向で,化学肥料区及び無窒素区では減少傾向を示した。試験開始前の作土の陽イオン交換容量を100として1994年の値を指数で表すと無窒素区92,化学肥料区91,牛ふん1t区104,牛ふん2t区110,総合改善区105であった。
 第8図に夏作跡地作土の交換性カルシウム含量の経年変化を示した。交換性カルシウム含量は1985年及び1988年に一時減少したが,これはカルシウム吸収量の大きいかんしょの作付によると考えられた。1987年に含量が高くなったのは,夏作の大豆播種前に炭酸苦土石灰を全区に施用したためであり,1989年以降の大豆一小麦体系ではほぼ横ばい傾向であった。
 第9図に夏作跡地作土の交換性マグネシウム含量の経年変化を示した。交換性マグネシウム含量はほぼ横ばい傾向であったが,化学肥料区ではやや漸減傾向を示し,無窒素区では他区に比べやや高い傾向であった。
 第10図に夏作跡地作土の交換性カリウム含量の経年変化を示した。交換性カリウム含量は牛ふん1t区及び牛ふん2t区,総合改善区でやや増加したが,無窒素区及び化学肥料区ではほぼ横ばい傾向であった。
 第11図に夏作跡地作土の塩基飽和度の経年変化を示した。塩基飽和度は陽イオン交換容量が低く,交換性マグネシウム含量のやや多い無窒素区が他区に比べて高い傾向を示した。
 第12図に夏作跡地作土の可給態リン酸含量の経年変化を示した。可給態リン酸含量は各区ともに漸増傾向を示したが,特に牛ふん2t区で高かった。




考  察

 大豆,小麦ともに試験開始5年目から,おがくず入り牛ふん堆肥の施用効果がみられはじめ,年次間の気象変動に伴う多少の収量差はあったものの,大豆(10作)及び小麦(9作)収量の積算値の比較から,夏・冬作毎に1t/10a施用するよりも2t/10a施用する方が増収効果が高いことが認められた。また,根群域の拡大をはかるための深耕とおがくず入り牛ふん堆肥2t/10a施用を組み合わせた総合改善区では多収となり,安定して推移した。
 土壌の化学性については,おがくず入り牛ふん堆肥の施用により,全炭素含量及び全窒素含量,陽イオン交換容量の増加が認められ,その増加程度は夏・冬作毎に1t/10a施用するよりも2t/10a施用する方が大きかった。交換性カリウム合量及び可給態リン酸含量もおがくず入り牛ふん堆肥の施用により高まる傾向がみられたが,牛ふん2t区においても塩基バランスを崩したり,過剰害が懸念されるレベルまでは到達しなかった。また,総合改善区では土壌の化学性の数値が牛ふん1t区とほぼ同程度となり,全炭素合量は若干低い値を示したにもかかわらず,収量は牛ふん2t区と同等以上になったことから,深耕による根群域の拡大が収量増加に効果が高いことを示した。
 以上のことから,地力の低い砂壌土において安定した収量を確保しつつ,土壌肥沃度の改善をはかるためにおがくず入り牛ふん堆肥を施用する場合,夏・冬作毎に2t/10a施用することが適当であり,同時に根群域の拡大をはかるために深耕を行うと収量が安定すると考えられた。しかし,本試験で供試された地力の低い砂壌土(全炭素含量1%以下)では,12年間にわたるおがくず入り牛ふん堆肥2t/10aの連年施用によっても,改善目標値(全炭素含量1.7%以上)に到達しなかった。したがって,改善目標値に到達させるためにはさらに堆肥施用量を増加する必要があるが,その際には交換性カリウム含量の増加程度に留意し,塩基バランスが崩れないよう施用量を調節する必要があると考えられる。また,記録的な多雨・寡照となった1993年に総合改善区の大豆収量が劣ったのは,深耕による土壌膨軟化から土壌の保水カが高まり,異常な多雨による湿害を招いたと考えられるため,排水対策に十分注意する必要があると考えられる。一方,総合改善区では深耕により,下層土のせき薄土壌が作土に混入したにもかかわらず,牛ふん1t区と土壌の化学性がほぼ同じ数値であったこと から,根群域拡大のために深耕を行う場合には,深耕後に牛ふん堆肥を施用することによって土壌有機物含量の低下が防止され,蓄積を図ることができると考えられる。
 有機物の施用は,養分の供給,保肥力の増大,生理活性作用,キレ−ト作用,緩衝能の増大などの効果があり,地力を向上させる方法としてもっとも安全で有効な方法とされている。しかし,土壌中の有機物は毎年,土壌徴生物により分解され,養分が作物に吸収され,地力が低下していく。とくに,西南暖地では寒冷地に比べてその分解速度が早い。したがって,土壌有機物の含量を維持し,士壌を肥沃な状態に保つためには,たえず有機物を補給しなければならない。反面,必要量以上の有機物の施用は,生産コストを高めるだけでなく,過剰な粗孔隙の増加,易有効水分の減少,塩類集積などが助長され,生理障害発生の原因となっている実態も報告されている10)。また,連年多量施用した場合に河川や地下水の硝酸塩汚染を引き起こすことが報告されており2,8,9),環境に対する影響も無視できない。
 今後さらに,有機物の長期連用が地カの維持向上と作物の高位安定生産に果たす役割や環境に与える影響について検討し,環境に負荷を与えず持続的な作物生産を可能にする有機物施用法と,ほ場管理対策を確立する必要がある。


引 用 文 献

1)福岡県農業総合試験場生産環境研究所化学部(1983〜1993)土壌環境対策事業成績書.
2)長谷川清善・小林正幸・中村稔(1985)水田における有機物施用が水質に及ぼす影響(第3報)オガクズ牛ふん堆肥,稲わら連用と畑転換の影響・ライシメーター試験.  滋賀農試研報26:20〜33.
3)野地良久・藤谷信二・上野通宏・沢本敬男(1993)有機物の長期連用が土壌の理化学性と水稲の生育に及ぼす影響.大分農技セ研報23:1〜12.
4)農林水産省農産園芸局農産課(1990)土壌環境基礎調査,基準点調査(一般調査)中間取りまとめ.
5)大橋恭一.岡本将宏(1985)野菜の養分吸収と土壌の化学性に及ぼすおがくず入り牛ふん厩肥連用の影響.土肥誌56:378〜383.
6)大橋恭一.岡本将宏・西川吉和・西沢良一.中田均・勝木依正(1982)露地畑におけるおがくず入り牛ふん堆肥の連用効果(第1報)10作跡地土壌の理化学性および野 菜の収量・養分吸収量.滋賀農試研報24:87〜97.
7)大橋恭一.岡本将宏・西川吉和・西沢良一.勝木依正(1987)露地畑におけるおがくず入り牛ふん堆肥の連用効果(第2報)野菜の収量とリン酸施用効果.滋賀農試研 報28:1〜6.
8)矢野文夫・井手勉・永尾嘉孝・小野末太・西田登(1984)畑土壌の理化学性,養分収支ならびに野菜の生育に及ぼす豚糞施用効果(ライシメーター試験).長崎総農林  試研報12:19〜58.
9)吉浦昭二・林勝寛・北崎佳範・桑野幸男(1986)豚ふん堆肥の施用及び作付け様式が養水分の動向に及ぼす影響.大分農技セ研報16:43〜63.
10)渡辺敏朗・兼子明・黒柳直彦・古賀正明(1993)葉ネギ「葉先枯れ症」発生圃場における土壌の理化学性の実態.福岡農総試研報B一13:25〜28.