福岡農総試研報15(1996)
低塩漬け物の微生物制御持条件を明らかにするために,漬け物の腐敗に関与する7種の菌株を用い,塩分・pH・保存温度が各菌株の生育に及ぼす影響を検討した。菌の増殖による培地の濁りを防止するのに必要な塩分濃度は,Escherichia coliでは8%以上,Enterobacter aerogenes,Pseudomonas fluorescens,Leuconostoc mesenteroidesでは10%以上であった。濁りを防止するためのpHは,細菌類(E.coli,E.aerogenes,P.fluorescens,B.subtilis,L.mesenteroides)では3.5〜4.0,酵母(Candida sake,Hansenula anomala)では2.0以下であった。さらに塩分濃度・pH・培養温度を組み合わせて,培地の濁りを防止するための条件を明らかにし,低塩漬け物の品質保持指標を作成した。
[キーワード:低塩漬け物,微生物制御,塩分,pH,保存温度]
Studies on the Microorganism Control Technique for Low-Salt Pickles.
T.Influence of salt concentrations,pH and incubation temperatures. BABA
Noriko, Sumitaka YAMASHITA, Naoko FUKAHORI (Fukuoka Agricultural Research
Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka Agric. Res. Cent.
15:57-56 (1996)
The influence of salt concentrations, pH levels and incubation
temperatures on the growth of 7 strains of microorganisms that cause the
putrefaction of pickles was investigated. The salt concentrations for preventing
pickles from turbidity which is caused by the growth of microorganisms
are as follows: Escherichia-coli: equal to or more than 8%, Enterobactor
aerogenesis, Pseudomonas fluorescens, Bacillus subtilis and Leukonostoc
mesenteroides: equal to or more than 10%. The pH levels for preventing
the culture medium from getting turbid were as follows: Bacteria (E.coli,
E. aerogenesis, P. fluorescens, B. subtilis and L. mesenteroides):3.5-
4.0, Yeast(Candida sake, Hansenula anomala): equal to or less than
2.0. Moreover, we examined the inhibitory effect on the growth of E.coli
which was cultured in different combinations of salt concentrations, pH
levels and incubation temperatures. Based on the results, we made a quality
maintenance index for manufacturing and preserving low-salt pickles.
[Key words: antimicrobial, low-salt pickles, pH, salt concentration, temperature]
緒 言
食品衛生法施行規則の改正に伴い,食品の表示の基準として消費期限または品質保持期限の記載が必要となっている。このため,食品の食中毒防止対策はもちろん,食品の品質管理および品質保持技術の向上がますます重要になっている。
低塩漬け物は,近年特に需要の増加している漬け物のひとつであるが,低塩であることや保存料の使用が認められていないことなどにより徴生物が繁殖しやすい。そのため,袋詰め内部の漬け液の自濁化などにより著しく商品価値が低下する。
低塩漬け物の保存中における品質低下の過程では,まず最初に微生物の増殖による漬け液の白濁化がおこり,次に乳酸の蓄積によって酸味を感じはじめ,その後,退色などの諸変化が生じるとされている2)。これらの品質低下を防止し,保存性を向上させる手段として,低温保存,有機酸添加による低pH化が一般に行われているが,具体的に品質保持期限を設定するための指標等はない。また,漬け物は種類が多く,低塩漬け物の品質保持技術についてもそれぞれで異なるため幅広く応用できる微生物制御マニュアルが必要とされている。
そこで,漬け物の品質保持に関与する数種の微生物2)4)を用い,これらの菌の生育に及ぼす塩分・pH・保存温度の影響を明らかにし,低塩漬物における微生物制御方法の基礎的な指標を作成した。
試 験 方 法
1 微生物の生育抑制試験
(1) 供試菌株:グラム陽性菌としてBacillus subtilis IFO 3023,Leuconostoc mesenteroides IFO 3426,グラム陰性菌としてEscherichia coli IFO 3301 ,Enterobacter aerogenes IFO 12010,酵母としてHansenula anomala IFO 0144、Candida sake IFO 0435の計7菌株を供試した。
(2) 増殖用培地:ポリペプトン10g,酵母エキス2g,MgSO4・7H2O1gを脱イオン水1,000mlに溶かし,1規定塩酸または1規定水酸化ナトリウムでpH6.5に調整した 。
(3) 培養条件:増殖用培地に各濃度になるよう塩化ナトリウムを加え,0.1規定塩酸でpHを調整後,15mlを試験管に分注した。オートクレーブ(120℃15分)で殺菌した 後,前培養した菌懸濁液0.1mlを加え,各温度条件で7日間増養を行った。
(4) 濁度測定方法:培地を撹絆し,660nmの吸光度をPhotometerANA−7A(東京光電)で測定した。濁度(△O.D.)=C(1)−C(0)C(1):培養後O.D.,C(0): 培養開始時O.D.一般消費者は浅漬け類を購入する際,その視覚的判断に基づくことが多いと予想され,また,分析の簡便性を考慮し,浅漬けの品質判定には漬け液 の濁度の測定値を用いた。そこで本報では,低塩漬け物の品質保持指標として主に漬け液の吸光度値を用いた。
(5) 生菌数測定方法:滅菌リン酸緩衝希釈水で適宜希釈した菌懸濁液をデスオキシコレート培地に加え,37℃で2日培養し,生じたコロニー数を計測した。
2 白菜・大根を用いた微生物柳制試験
市販の白菜及び大根を洗浄・細断し,100gに脱イオン水50mlを加え,目標の濃度水準になるまで塩を添加した。それぞれを1.0mmポリエチレン袋に入れてヒートシー ルし,5℃,10℃,15℃,20℃の各温度で保存した。試験は3反復で行い、再現性を確認するため,同じ試験を2同行った。
結果及び考察
1 微生物の生育に及ぼす塩分の影響
供試した菌の中で.E.coli,P.fluorescens,B.subtilis,E.aerogenes及びL.mesenteroidesは漬け物の保存初期に生じる濁りに関与しているとされ2),また,L..mesenteroidesは酸度上昇の原因菌ともされている。また,H.anomala及びC.sakeは保存中にガスを生成し,袋の膨れの原因酵母として同定されている4)。
塩濃度を変えて培養した場合の濁度の変化を第1図に示した。肉限で濁りを確認できたのは濁度が0.05以上の場合であった。したがって,培養後の濁度が0.05以下の場合,濁りが抑制されたと判断した。
最も耐塩性が低かったのはE.coliであり,培地中の塩濃度8%以上で濁度0.05以下となり濁りを抑えた。E.aerogenes,B.subtilis,P.fluorescens及びL.mesent-eroidesは同様な傾向を示し,濁度を0.05以下にするには10%以上の塩濃度が必要であった。H.anomala及びC.sakeは耐塩性が高く,塩分20%でも濁度の増加を完全に抑えることはできなかった。
‘低塩漬け物’に塩濃度の定義はないが,‘低塩漬け物’あるいは‘浅漬け’と表示された市販漬け物の塩濃度は3〜5%の場合が多いという報告がある1)。しかし,塩濃度3〜5%では,最も耐塩性が低いE.coliによる濁りさえ防止することができなかった。このことから,低塩漬け物の品質を保持するには塩だけでなく,pH等の徴生物制御方法をとる必要があることが明らかになった。
2 微生物の生育に及ぽすpHの影響
pH2.0〜6.5における各菌株の濁度の増加を調査し,培養7日後の濁度を0.05以下に抑制するのに必要なpHを第1表に示した。
濁度の増加を抑制するpHは,細菌類ではpH3.5〜4.0であった。しかし,C.sakeはpH2.0以下,H.anomalaは最も低いpH2.0でも完全に濁りを防止することはできなかった。
3 E..coliの生育に及ぼす保存温度の影響
保存温度および塩濃度の違いによるE.coliを培養した場合の濁度変化を第2図に示した。保存温度が5℃以下であれば0〜15%の塩分では濁度は増加しなかった。濁りの防止に必要な塩濃度は,10℃では5%以上,15℃では6%以上であった。
低塩浅漬けの保存・流通温度は衛生規範で10℃以下とされているが,塩濃度5%未満の漬け物は10℃の温度管理だけでは濁りが防止できないことが明らかになった。
第2表に塩濃度と保存温度がE.coliの生菌数に及ぼす影響を示した。0℃では0〜20%の塩濃度に係わらず濁度は増加しなかったが,塩濃度12%以下の場合,濁りが抑制されていても,実際は生菌として多数検出された。また,生菌として検出されなくなる塩濃度は0℃の場合で16%以上とかなり高濃度であることが明らかになった。したがって,低温保存により品質保持を図る場合,濁りが生じていなくてもE.coli等の細菌が生菌としてかなり多く存在することを認識し,できる限り低温に保存し,温度管理にも十分留意することが重要である。
4 塩分・pH・温度の組み合わせによる品質保持指標の作成
以上のとおり,塩分,pH,温度の3つの要因についてそれぞれの徴生物抑制効果を明らかにした。
低塩漬け物としての塩濃度,食品として妥当なpH,及び実用的な保存温度という個別の要因だけでは微生物の増殖による濁りの発生を抑えることができないため,実際はこれらを組み合わせた漬け込み条件で品質保持を図る必要がある。そこで,各要因を組み合わせた場合の濁度防止条件を検討した。
ここでは,7種供試菌株のうち最も塩分耐性が低く,しかも,食品の汚染指標細菌として試験に用いられている3)E.coliを用いた。塩分,pH,温度を組み合わせた場合の各条件における濁り発生の有無を第3表に示す。
この結果は,低塩漬け物の濁りを防止するための最低必要条件であると考えられる。
次に,このin vitroで得られた結果の実用面への適用性を検討した。第4表に塩分と貯蔵温度条件を変えて自菜の浅漬けを製造した場合の,濁りの発生の有無と大腸菌群数を示した。第3表はE.coliを用いた場合の結果であるため,実際の漬け物の製造・保存場面ではE.coliよりやや高い耐塩性を持つEnterobacterやPseudomonas等の繁殖による濁度の増加が懸念されたが,白菜浅漬けの場合でも第3表とほぼ同様な条件で漬け液の濁りを防止することができた。また,大根を用いた場合も同様な結果を示した(データ略)。したがって,E.
coliを用いた結果は実際の低塩浅漬けの品質保持指標として用いることができると考えられる。
この指標に現行の漬け物の塩分,pH及び想定される保存・流通温度をあてはめることにより,簡単に当該漬け物の品質保持期限を推定する事ができる。さらに,現行の漬け物の低塩化を行う場合にも,目標とする塩濃度に合わせて必要な漬け込み,保存条件を予測することができる。
しかし,個々の製品についての品質保持方法は,原材料の種類,製造過程の相違,流通・販売形態などによって変動するため,実際の漬け物の製品化においてはさらに十分な検討が必要である。
引 用 文 献
1)前田安彦(1986)漬け物新製品のための6つのポイントとその味覚.食品と開発21:60〜67.
2)宮尾茂雄・青木睦夫(1978)浅漬けキャベツのシェルフライフと微生物の挙動について.日食工誌25:327〜332.
3)日本薬学会編(1980)衛生試験法・注解.金原出版株式会社:115.
4)小川敏男・青木睦夫・本庄達之助(1974)浸透圧による漬物の変敗防止に関する研究.東京農試研報8:1〜24.