福岡農試研報15(1996)
夏季におけるチンゲンサイの適正な生育を確保するため,温度及び遮光が生育に及ぼす影響について検討した結果,以下の知見を得た。@チンゲンサイは昼温25℃−夜温15℃(以下25℃−15℃)から20℃−10℃程度で生育が良好となり,高温条件(35℃−25℃及び30℃一25℃)では生育が抑制され,茎長が伸長し徒長気味となった。A25℃−15℃に設定した条件下で,黒寒冷紗を用いて遮光を行った結果,株重は軽くなり,茎長は伸長し徒長気味となった。Bビニルハウス内で白寒冷紗を用いて遮光すると,無被覆に比べ昼温が約4℃低くなり,生育は同等で,茎長は短くなった。C品質低下の要因の一つであるチップバーンは,20℃−10℃の条件の無遮光,25℃−15℃の黒寒冷紗被覆及びビニルハウス内の熱線カット資材被覆で発生が見られなかった。
[キーワード:チンゲンサイ,温度,遮光,生育,茎長]
Effects of temperature and shading on the growth of Chin-guen-tsai
(Brassica chinensis L. var. communis Teen el Li. )in summer
cultivation. TSUKIJI Kazutaka, Yukihiko YAMAMOTO and Yukie WATANABE (Fukuoka
Agricultural Research Center, Chikushino, Fukuoka 818, Japan) Bull. Fukuoka
Agric. Res. Cent. 15: 45 - 48(1996)
Three experiments were conducted to determine the optimum conditions
for Chin-guen-tsai cultivated during the summer. Plant growth was measured
under different air temperatures and shading conditions. Results may be
summarized as follows: (1) Temperatures of 25/15℃(day/night) and 20/10℃
resulted in better plant growth than at high temperatures(35/25℃ and 30/20℃).
Elongation of the stems occurred at high temperatures. (2) Use of black
shading sheets at 25/15℃ reduced the dry weight of the plant and elongated
the stems. (3) A white shading sheet placed in a plastic house lowered
the day temperature by about 4℃. The stems of the plants cultured under
the white shading sheets were shorter than those of the plants cultured
without shading, whereas there was no significant difference in the growth
between the plants cultured with and without the white shading sheets.
(4) Tip burn was not observed in the plants cultured without shading at
20/10℃, cultured under the black shading sheet at 25/15℃, and cultured
under the heat reducing shading sheet placed in the plastic house.
[Key words: Brassica chinensis L. var. communis Teen el Li.,
Chin-guen-tsai, growth, shading, stem length, temperature]
緒 言
本県のチンゲンサイ生産は1985年頃から多くなり,今日ではビニルハウスや一部トンネルを利用した周年栽培が行われている。しかし,冬季から春季にかけては,抽台による節間の伸長,夏季には高温が原因と考えられる節間の伸長及び葉縁が枯死するチップバーンの発生等による品質低下を招いており,その原因解明と防止技術の確立が求められている。筆者ら4)は,冬春季の抽台については,セル成型苗を利用して15℃で育苗を行うことににより,ハウス無加温栽培でも防止できることを報告した。また,夏季の栽培については,節間が伸長しにくい品種の選定が検討されているが,栽培方法についての検討は少ない。一方,夏季のホウレンソウ生産では,黒寒冷紗等の被覆によりハウス内の気温を低下させることで,発芽率の向上と生育の促進を図っている事例2)があり,チンゲンサイヘの応用が示唆されている。ここでは夏季における節間の伸長及びチップバーンの発生を防止するため,栽培温度及び遮光がチンゲンサイの生育に及ぼす影響について検討したので,その概要を報告する。
試 験 方 法
試験1 栽培温庫がチンゲンサイの生育に及ぼす影響
供試品種は,県内の主要品種である‘青帝’を用いた。1994年8月9日にN,P2O5,K20をそれぞれ200,700,100mg/l含む園芸培土を充填したセル数200のトレイに播種し,ガラス室内で育苗した。その後,9月4日にプランタ(長さ50cm,幅20cm,高さ20cm)に,赤玉粒状培土を入れ,1プランタ当たり窒素,リン酸,カリを各1.5gずつ施用し,葉数3〜4枚の苗を5株定植後,ファイトトロンの温度条件を昼温(7:00〜19:00)−夜温(19:00〜翌7:00)でそれぞれ35℃一25℃,30℃一20℃,25℃−15℃,20℃−10℃の4段階に設定して栽培した。収穫は10月4日に行い,枯死葉,黄化葉を除去し子葉節で切断して株重,生葉数,チップバーンの発生株率及び茎長を調査した。なお,試験規模は1区1反復とした。
試験2 遮光処理がチンゲンサイの生育に及ぼす影響
試験1と同様に育苗,定植した後,昼温25℃−夜温15℃のファイトトロン内で,収穫まで#610の黒寒冷紗をプランター全体に1重被覆及び3重被覆した遮光区及び無遮光区を設けた。収穫は10月4日に行い,試験1と同様の調査を行った。
遮光資材下の照度の測定には,照度計LI-COR社LI-210SBを用いた。
試験3 ビニルハウス内の遮光資材が被覆下温度とチンゲンサイの生育に及ぼす影響
1994年6月14日に‘青帝’を播種し,7月5日に第1図に示すように間口6m,高さ3mの鉄骨ビニルハウス内に,間口2.5m,高さ2mの中型トンネルを設置し,#610の白寒冷紗及び熱線カットフィルムを畝長2m,地表面からの高さ1mの所まで被覆する区及び対照区として無被覆区を設けた。各区とも白黒ダブルマルチを使用し白面を表にして被覆した畝に条間15cm,株間15cmで5条植えした。収穫は8月4日に行い,試験1と同様の調査を行った。
温度及び照度は7月6日から8月2日まで測定を行った。温度は畝面から高さ15cmの気温と深さ10cmの地温をKADEC−U2を用いて測定し,最高・最低気温については日最高値・日最低値の期間平均を,平均気温と平均地温については日平均値の期間平均を用いた。また,照度の測定には,照度計LI-COR社LI-210SBを用いた。
結果及び考察
試験1 栽培温度がチンゲンサイの生育に及ぼす影響
ファイトトロン内の異なる温度下でチンゲンサイを栽培した結果を第1表,第2図に示した。株重は25℃−15℃で最も重く,それより高温では軽くなった。生葉数は温度が高いほど多い傾向がみられたが,大きな差異はみられなかった。また,チップバーンは温度が高い区で発生が多く,30℃−20℃以上で特に多く見られた。茎長は,設定した昼温−夜温の組み合わせの範囲では,高温ほど長く徒長気味となり,25℃−15℃,20℃−10℃の場合のほぼ2倍となった。節位ごとにみると,30℃−20℃では下位節間が,35℃−25℃では下位から上位の節間まで伸長していた。
以上のように,株重,チップバーンの発生程度及び茎の節間伸長から,チンゲンサイの生育適温は25℃−15℃から20℃−10℃程度であると推察され,高温では生育が抑制されることが明らかとなった。
新井ら1)はチンゲンサイの光合成速度の高い温度域は25〜35℃であると述べている。本試験の35℃−25℃,30℃−20℃及び25℃−15℃を比較すると,25℃−15℃の生育が最も良好であり,それ以上の高温では生育量が小さく,新井らの示した光合成特性とは一致しなかった。これは,本試験の光条件及び温度条件が新井らの条件と異なることによる。新井らの試験は光条件が90klxに調節されており,照度が十分ある条件下で行っているが,本試験の温室内の照度は62klxと,新井らの試験より低かった。また,35℃−25℃及び30℃−20℃の夜温の高い区は呼吸量が多く同化養分を消耗したことも生育の劣った原因の一つと考えられる。
本試験では日較差を10℃としたが,実際の夏季ハウス内ではそれ以上の日較差が生じることもあり,今後は,夜温と昼温との温度較差が異なる条件下における生育への影響について検討する必要がある。
試験2 遮光処理がチンゲンサイの生育に及ぼす影響
ファイトトロン内で遮光してチンゲンサイを栽培した結果を第2表,第3図に示した。株重,生葉数ともに遮光処理をすることにより減少し,特に遮光程度が強い場合に顕著で,無遮光に比べ生育が著しく抑制された。新井ら1)は,85klxでチンゲンサイの光合成速度は飽和点に達するとしている。本試験での遮光処理区で生育量が十分確保できなかったのは,照度が飽和点よりもかなり低かったため,光合成が低下したことが大きな原因であると考えられる。チップバーンは遮光処理条件下では発生しなかった。また,茎長は遮光処理することにより無遮光のほぼ1.4倍となり,やや徒長気味となった。
試験3 ビニルハウス内の遮光資材が被覆下温度とチンゲンサイの生育に及ぼす影響
ビニルハウス内で遮光を行った場合の照度,温度及びチンゲンサイの生育を第3表に示した。白寒冷紗を被覆した場合の照度は53Klxで,無被覆の55%となった。また,無被覆に比べて最高気温は4.3℃低くなったが,最低気温は0.4℃の低下に止まり,平均気温は2.2℃,平均地温は1.6℃低かった。熱線カットフィルムを被覆した場合,照度は25Klxで無被覆の26%となった。また,白寒冷紗被覆に比べて,最高気温はさらに0.5℃,平均地温は0.7℃低くなったが,最低気温及び平均気温は変わらなかった。
このように,遮光資材の被覆は太陽光を遮り,日中の気温を低下させる効果は認められるが,夜間の気温を下げる効果はほとんど認められなかった。
白寒冷紗を被覆して栽培した場合,無被覆に比べて株重及び生葉数はほぼ同等で,茎長は約1cm短くなった。しかし,チップバーンの発生株率は10%でやや高くなった。熱線カットフィルムを被覆すると,無被覆に比べ株重は軽く,茎長は約1.5cm短く生育は劣っていた。しかし,生葉数はほぼ同等でチップバーンの発生は見られなかった。
新井ら1)はチンゲンサイの最大光合成速度の80%の光合成を示す照度は47klxであると述べている。本試験の白寒冷紗下の照度は53klxで,新井らの報告からみると,最大光合成速度の80%程度の光合成が行える条件下にあるものと恩われる。また,光合成特性の温度条件が40℃では35℃の約80%の光合成速度となる報告1)を前提とすれば,白寒冷紗下の方が無被覆の場合より光合成により適した温度条件下にあるものと考えられる。これらのことから,本試験の無被覆条件と白寒冷紗被覆は,光線量及び温度条件については光合成速度を高めるのにほぼ類似した条件を示しており,生育量及び株重も同じ傾向を示したものと思われる。熱線カットフィルムの場合は,明らかな光線不足となり生育が抑制され株重が軽くなったと考えられる。
今回の3つの試験から,生育の抑制をもたらす大きな要因は,高温と光線量の不足であると推察され,品質低下となる茎の伸長すなわち節間の伸長も,高温及び光線量の不足によって助長されると考えられる。光線量の不足は生葉数の減少をもたらしたが,高温による生葉数の減少は起こらなかった。新井らの試験の光合成特性と本試験の生育から判断すると,照度が50klx程度までは生育抑制が見られないのに対し,35klx以下では極端な生育抑制が見られることは,光合成速度の低下が大きな原因であると考えられる。温度からみると,日中は最高気温を35℃前後かそれよりやや低く保ち,夜間は15℃〜10℃の温度で経過させれば,光合成速度の低下や,呼吸による消耗が抑制され,生育量が増大するものと考えられる。
これらのことから,盛夏期の生育抑制を回避するためには,照度を50klx程度確保でき温度降下を見込める資材を被覆して,最高気温を35℃前後以下とすることが目安になると考えられる。さらに,試験1で明らかになったように栽培気温が高い場合には,株重が軽く節間の伸長が見られることから,気温が高い時期の栽培は,日中の気温は高くなっても夜間の温度が降下する,標高の高い地域での生産が適するものと考えられる。
野口3)は,野菜の生育段階によって好適温度が異なり,レタス,トマト,ニガウリは,発芽期には比較的高温を,生育後期には比較的低温を好むと述べている。また,特にレタスは生育期の温度が25℃を超えるとチップバーンなどの障害発生が助長されると述べている。本試験においてチンゲンサイのチップバーンは低温や遮光で発生が抑制された。温度の面からはレタスと同様,高温を回避することで発生を抑制できると推察される。しかし,高温回避を目的とした遮光は同時に生育抑制をもたらすことから,いくつかの問題が残されている。今後は,適正な生育を確保して,しかもチップバーンの発生を防止する上から,チンゲンサイの生育段階に応じた多様な遮光資材の利用による生育制御及び適切な被覆時期・期間についても検討が必要と考えられる。
引 用 文 献
1)新井和夫・吉谷茂貴・宍戸良洋(1985)中国野菜の光合成特性.園芸学会60(春)要旨:282−283.
2)荒木陽一・井上昭司・村上健二・岩波 躊・野口正樹(1995)高温期におけるホウレンソウの安定生産技術(第2報)被覆,遮光,マルチ資材の組合わせがホウレンソウ の収量,品質に及ぼす影響.園学雑64別1:326−327.
3)野口正樹(1986)亜熱帯における特産野菜の生理・生態と栽培I高温条件と野菜の生理.園芸学会シンポジウム講演要旨61(秋):36−43.
4)月時和隆・山本幸彦・豆塚茂実・小野剛士(1994)チンゲンサイの節間伸長に関する研究(第1報)育苗温度と栽培条件が抽台に及ぼす影響.福岡県農総試研報B−
13:21−24.